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警報は、すでに遅かった。
ポケモンセンターの天窓を突き破って、モンスターボールが落ちてくる。
光とともに、アーボとドガースが現れる。
たちまち、ポケモンセンターの待合室はドガースの吹き出す煙で充満した。
「なんなんだ、これは!」
サト君が叫ぶと、煙の中から二人の姿が浮かび上がった。
「なんだかんだと聞かれたら」
「答えてあげるが世の情け」
二人の息はぴったり合っている。
「世界の破壊を防ぐため」
「世界の平和を守るため」
「愛と真実の悪を貫く」
「ラブリー・チャーミーな敵役」
「ムサシ!」
赤い髪の女性が叫び、
「コジロウ!」
青い髪の男性が続いて叫んだ。
どうやら、今のは自己紹介だったらしい。
「銀河をかけるロケット団の二人には……」
「ホワイト・ホール、白い明日が待ってるぜ!」
二人のポーズが決まる。長い自己紹介が終わりかと思いきや、ニャースが現れた。
「にゃーんてな」
とどめの決め文句を言ったつもりで、招き猫のポーズをとる。
「しゃ、喋るニャース…!」
喋るポケモンなんて初めて見たもんだから、思わず声を出して驚いてしまった。
彼らの登場のセリフとポーズは、そうとう練習されていたようである。
思わず、ポカーンと見てしまったのだが、サト君にそんな余裕はこれっぽっちもない。
「だから、それが、どうしたっていうんだ」
「分かりの悪いジャリボーイだね」
サト君の一言にしらけたムサシが、肩をすくめた。
「聞かなきゃ分かるはずがない」
キッパリと、サト君が当たり前のことを言った。
「ならば教えてやろう。我らの狙いはポケモン」
口元に笑みを浮かべて、コジロウが言う。
「俺のピカチュウに手を出すな!」
サト君が、ピカチュウのストレッチャーの前に立ちふさがる。
ムサシがせせら笑った。
「ん…ピカチュウ?我らの狙いはピカチュウごとき、そんじょそこらにいる電気ネズミではない」
「我らの目的は、とびっきりそこのけに、珍しーいポケモンだ」
ムサシに続けて、コジロウが言う。
「待って、そんなポケモンはこのセンターにはいないわ」
「ノンノンノン、どうかなぁ?このセンターには病気のポケモンがいっぱいでしょ。
ねこそぎいただいていけば、珍しいのもいるかもしれないわ」
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」
ジョーイさんの言葉に、二人は聞く耳をもたない。
「下手な鉄砲……それってどういうこと?」
さきほど同じような言葉を、オーキド博士との電話で聞いたのを思い出したらしくサト君が尋ねた。
「当たらないと思っていても、いっぱい撃てば万が一当たるかもしれない…(略)」
辞書をひきながら、コジロウが丁寧に教えてくれた。
サト君は、オーキド博士の電話から30分もして、やっとその意味に気付いて傷ついた。
「俺って、下手な鉄砲なわけか……ダメでもともとなわけか…なんだか頭にきたぞ!」
サト君が拳を握り締めたのを見て、ムサシとコジロウとニャースが毒マスクを取り出しながら言った。
「なにがこようと」
「こわくない」
「にゃーも」
3人(2人と1匹)の息は、やはりピッタリである。
「こっちの出番はドガースで、ガース」
コジロウがドガースを指差す。
間抜けな声を上げて、ドガースは毒ガスを吹き出した。
ガスは、あたりにすき間残さず充満する。
「やばいよ、サト君。逃げないと!」
「あ、あぁ!」
「逃がすか!続いてアーボ、ターボ全開でいけ!」
ムサシが命令すると、アーボは待合室や受付をのたうった。
医療機材やパソコンが、火花をあげて次々と壊れていく。
ドガースの毒ガスに追われるようにして、私たちはポケモンセンターの病棟に逃げ込んだ。
病気になったポケモンたちは、モンスターボールに入って眠っている。
ボーリング場のボール置き場のように、モンスターボールの棚が並んでいた。
全員が入ったことを見計らうと、ジョーイさんは病棟の扉を閉めて鍵をかけた。
「この扉は外の空気に混じった病原菌を遮断するの。毒ガスももう大丈夫よ」
ジョーイさんが言い終えたのと、ほぼ同じぐらいだった。
バチッと電球のはじけるような音がして、病室は真っ暗闇になった。
「停電…」
「暗いのやー…」
今まで気の強そうに見えていた女の子が、初めて心細そうな声を出した。
「電気をやられたようね…でも大丈夫。自家発電があるから…」
そう言われて、自転車発電を想像したが、どうやら全然違うらしい。
パッと電気がつくと、目にはとても可愛らしい光景が飛び込んできた。
たくさんのピカチュウが、電気工事のおじさんのようなヘルメットをかぶって、回転する円盤の上でぐるぐる回っている。
円盤から火花が散り、電線を通して電気に明かりが送られていた。
電気がつくと同時に壁のコンピュータ画面がつき、コンピュータの発生装置が喋った。
『緊急避難準備完了しました』
「今のうちに、病院のポケモンの入っているモンスターボールを送るの……」
「送るって、どこにですか?」
「ニビシティのポケモンセンターに伝送するの」
そう言いながら、ジョーイさんは棚のモンスターボールをかたっぱしから壁のダスターシュートのような避難口に放り込んだ。
「みんなも手伝って!」
「ラッキー」
ラッキーと私が、モンスターボールを運ぶ。
サト君と女の子が、ボールを避難口に放り込む。
ジョーイさんがコンピュータのマイクに叫んだ。
「こちらトキワシティポケモンセンター、緊急事態発生!ニビシティにポケモンのモンスターボールを伝送します!」
ニビシティに回線が繋がって、女性の声がした。
「こちらニビシティポケモンセンター。了解しました。モンスターボールを回収します」
壁の画面に地図が映った。トキワとニビが回線図で結ばれ、モンスターボールが伝送されていく様子が分かる。
「もう少し…もう少しだわ」
「………あれ!」
女の子が扉を指差す。見ると、向こうからガスが漏れてくる。
次の瞬間、壁にヒビが入った。アーボが壁を突き破る。
発電用のピカチュウが吹き飛ばされ、残っていたモンスターボールが棚から転がり落ちた。
そのうち数個が、ころころと病室から廊下へと転がり出て行く。
ジョーイさんはコンピュータから手が離せない。
「あれを助けて!」
サト君と私は、モンスターボールに飛びついた。
目の前に、黒い影ができる。
「それをおよこし、ジャリボーイ&ジャリガール」
「ジャリがボールを扱うのは、玉砂利になってからにしろ」
ムサシが立ちふさがり、コジロウがワケの分からないことを真面目に言った。
二人の後ろには、アーボとドガースが控えている。そのまた後ろには、ニャースが笑っていた。
「早く、それを投げて!モンスターボールを投げて戦うのよ!」
「え……あぁ、いけ!モンスターボール!」
女の子が叫ぶ。サト君は、手に盛っていたモンスターボールを投げた。
ポケモンセンターのモンスターボールだ。何が入っているかは分からない。でも、そんなこと言ってられない。
モンスターボールが光に包まれた。ポケモンが飛び出す合図だ。
出てきたのは、ことりポケモンのポッポだった。
同じことりポケモンなら、せめてオニスズメでも出てくれれば…。
ポッポが決して弱いとは言わないが、今役に立つのはオニスズメのほうだろう。
「ポッポ時計のポッポが出たって、夜の12時には早すぎる。私たちはまだ、帰らないわよ」
「今のセリフ、どういう意味?」
言ったムサシに、コジロウが首をひねった。
「分かってないのね。深夜の12時、シンデレラ姫」
「あ、僕、男だからそのシャレ分からなかった」
「コジロウ、あんたと付き合ってると本当に12時になっちゃうわ!いけ、アーボ!」
少しため息をついて、ムサシはアーボに命じた。
蛇のようなアーボを見たポッポは、身をすくませて逃げた。
「ちぇ、次いきます!いけ、モンスターボール!」
サト君は、転がっている別のモンスターボールを投げた。しかし、モンスターボールから出たのは光だけ。
「……からっぽ…」
「あれー?」
「空のモンスターボールも混じってるわ……」
「からっぽ投げてどうすんの!ドジ!」
女の子がサト君を叱った。
「んなのありかよ……ええーい!次、いけ、モンスターボール!」
今度のモンスターボールは、コラッタだった。紫色の小さな体がもそもそと動く。
「ふふふ……そんなポケモン、雑魚と書いて文字通りザコだな」
コジロウが笑う。コラッタもアーボに睨まれたら、ポッポと同じだ。……逃げるしかない。
「なんでサト君はそんなにボール運悪いの!」
「そんなの知るかよ!」
「んもう、ドジ!私が時間をかせぐわ。その間にピカチュウとその子と逃げて!」
女の子は、サト君に怒鳴るとロケット団とサト君の間に割って入った。
私だって参戦したいのは山々だが、あいにく私のポケモンはリュックの中だ。
しかも、そのリュックはロケット団に近い待合室にある。
「悪役さん、私がお相手するわ」
女の子に、ムサシは見下したように言う。
「あら?なんだかワケの分からないジャリンコギャルが出てきたわ」
「私は、世界の美少女。名はカスミ」
カスミと名乗った女の子は、胸を張って言った。
ムサシとコジロウは、一瞬あっけにとられてカスミさんを見る。
「世界の美少女?」
「名はカスミね……」
眉をしかめてムサシが望遠鏡でカスミさんをまじまじと見る。
コジロウは一応、手帳に名前を書き込んでいた。
「なははは!名はカスミねぇ。誰が美少女?どこが美少女?なぜに美少女?カスミか雲か、やっぱりワケが分からない」
高笑いして、ムサシが言う。
カスミさんは、顔を真っ赤にして怒った。
「分からせてあげるわ。マイ・ステディの力を!」
カスミさんは、自分のモンスターボールを取り出した。
「マイ・ステディ?」
「両親や友達が公認している学校の恋人のこと」
コジロウが辞書を引いて確認した。
どこから出てきたんだろう、あの辞書……。
「ステディ?コジャリギャルには10年早いわ」
くくくと笑いながら、ムサシが言う。
「今日はそのステディを捨てねばならない。捨てデイにしてあげるわ」
「ううう、モンスターボールは捨てるんじゃない、投げるのよ!いけ、マイ・ステディ!」
カスミさんが自分のモンスターボールを投げる。光の中から出てきたのは……。
「「なに!?」」
ムサシとコジロウは、出てきたポケモンを見て開いた口が塞がらなかった。
モンスターボールから出てきたのは、きんぎょポケモンのトサキント。
金魚と呼ばれるだけに、カラフルな体を床の上でくねらせた。
「トサキント、トサキント、トサキント」
色っぽい声で鳴いてムサシとコジロウにウインクすると、すぐにモンスターボールに戻ってしまった。
「なぁに、今の」
「ホントにほんとの雑魚ザコだ」
ムサシとコジロウの呟きに対して、カスミさんは得意げに言った。
「ほんの見本よ。第一、きんぎょポケモンが水のないこんなところで戦えるわけないでしょう」
「なるほど」
感心して、サト君が頷く。
「あなたたち、まだいたの!?ぼやぼやせずに、早く逃げて!」
「だよな!行くぜ、!」
サト君と一緒に、ピカチュウを乗せたストレッチャーを押して廊下を逃げる。
逃げるったら、逃げる。逃げて逃げて、逃げまくる。
「逃がさないったら」
「逃がさない!」
アーボがストレッチャーに襲いかかる。
「きゃあっ!」
ストレッチャーと一緒に、私とサト君はひっくり返った。
そこは、さっきの待合室だった。倒れたすぐそばに、壊れた自転車が見える。
アーボとドガースが迫ってくる!絶体絶命か…!
と、ストレッチャーの上のピカチュウが、うっすらと目を開けた。
「ピカ………ピカ…ピカ……」
ピカチュウが、誰かを呼ぶように鳴いた。
すると、待合室に発電用のピカチュウが1匹、また1匹と姿を現した。
「ピカチュウ!」
サト君のピカチュウが、一声鋭く鳴いた。
声とともに、発電用ピカチュウがいっせいに放電する。
「そんな」
「馬鹿な!」
ムサシとコジロウはちりちりの黒コゲで。
ドガースはガス漏れ状態、アーボは黒コゲで直立だ。
放電したピカチュウたちも、疲れ果てたのかみんな横たわっている。
「ええい、どいつもこいつも……にゃらば出番だにゃ、ネズミはニャーの大好物にゃ」
ニャースがキラリと牙を光らせ爪をむき、じわりじわりとこちらに近づいてくる。
「ピカ……ピカ………ピカ……」
サト君のピカチュウが何かを訴えている。
「ピカ……ピカ?」
サト君は訊く。もちろん、ピカチュウの言葉が分かるはずはない。
でも、今のサト君は分かろうとした。私も、なんだか分かりそうな気がする…。
「ピカ…ピカ?」
サト君は、もう一度ピカチュウに訊く。ピカチュウは頷いた。
「もっとピカ……?もっとピカ?」
サト君が二度聞くと、ピカチュウは二度、頷いた。
「サト君、ピカチュウ、電気が欲しいんだわ!」
「ピカピカピカ、たくさん?」
ピカチュウは三度頷いた。
電気を起こせるもの……サト君の目に、壊れた自転車が飛び込んだ。
「そうだ…こんにゃろ!」
自転車を立てて飛び乗って、ペダルを回す。
「なにをしているんにゃ?そんな自転車、走れはしないにゃ。にゃははは!」
ニャースが愉快そうに笑う一方、サト君は真剣な表情で叫んだ。
「ピカチュウがネズミだからってナメるなよ!俺とピカチュウの本当の力を見せてやる」
自転車のペダルが回り、車輪が回転する。
ランプをつける発電機がこすれ、自転車のランプがついた。
「あにゃー……?」
ランプに照らされて、ニャースは目を細める。
ピカチュウがストレッチャーから飛び降りて、発電機にしっぽをつけた。
なんか、ヤバそう…。私はサト君の後ろに急いで飛び乗った。
「にゃ―――――んと!!」
大放電の電気ショックが、ニャースを襲った。
ピカチュウの電気ショックは、発電用ピカチュウにも連鎖してゆく。
ポケモンセンターは、たちまち花火に包まれた。
ムサシとコジロウはしびれっぱなし。あごが震えて言葉も出ない。
アーボは硬直してほとんど棒状態。そして、ついにガス漏れドガースに火がついた。
大爆発………ポケモンセンターの天井が吹き飛んだ。
天井とともに打ち上げ花火のように飛んでいったロケット団は、それでもしぶとく上空に浮かぶ熱気球にしがみつく。
「快感!電気びりびりより、ドカーンの花火のほうがマシだわ!」
「ひゅーどかーん!かぎや!たまやー!なんてね!」
ムサシが負け惜しみを叫ぶ隣で、コジロウがやけっぱちで喚く。
「たまじゃにゃーい。にゃーはにゃーすにゃ………。逃げるにゃー」
ニャースが2人に逃げろと言う。しかし、ポケモンセンターの前には白バイで駆けつけたジュンサーさんがいた。
「逃がさないわ!トキワシティの白バイをナメるんじゃないよ!」
白バイのアクセルをいれる。
白バイは、崩れかけたポケモンセンターの壁を駆け上がり、その勢いで空に飛び出し熱気球の腹をぶち抜いた。
「やったね!」
無事着地した白バイから、ジュンサーはVサインだ。
熱気球は、しぼんだ風船のように夜空の彼方に飛んでいく。
「「ヤな感じ――――!!!」」
ムサシとコジロウの悲鳴が、遠ざかっていった。
夜が明けて、私たちはピカチュウを連れてトキワのポケモンセンターをあとにした。
後ろを振り返ると、カスミさんがついてきていた。
……………あ、自転車。
ていうか、助けてくれたのよね。うん、お礼ちゃんと言わなきゃ!
「あの……」
「ん?」
おずおずと声をかけると、きょとんとした表情で返事が返ってきた。
「助けてくれて、ありがとう。えと、カスミ…さん」
「“さん”なんてつけなくていいわ。あなた、名前は?」
ニッコリと笑って、彼女は言った。
さん付けしなくていいって言ったわよね…カスミ“ちゃん”でもいいかな…。
「私は。ついでに、コイツはサトシ」
「ども」
「“ども”じゃないわよ!自転車、ちゃんと弁償してもらうんだからね!」
「うるさいなー、分かってるよ!」
「うるさいですって!?信じられない!」
「うわー!悪かったって!」
「待てー!」
走り出す2人を追いかけた。
何はともあれ、旅がにぎやかになりそうです。
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